「無音の歌」
「ねぇ、まりなちゃん。」
「ん、どした?」
「もし声が出なくなったらどーする?」
「そりゃまたいきなりだね。」
二人でソファーに座って何気なく見ていたテレビのボリュームを若干下げながら私は声の主の方に顔を向けた。
そう、あまりにも唐突な質問。しかし、なんでいきなり?だなんて大袈裟にも驚かない。茅原実里というのはそういう人間なのだ。
「私達は職業柄そんなことになったら大変だね。」
「んー、それもそうなんだけど・・・怖いなぁって。」
「怖い?」
「一回、私が寝込んだときあったでしょ?」
「あぁ、あの時は大変だったよね。」
確かに・・・突発的に三日間だけとても高温の熱を出したことがあって、みのりんは文字通り全く声が出なかった。その時の自分はどうしようもなく非力なんだなと落ち込んでいたものだ。
「あの時、凄い声出なくて・・・ああ明日仕事出来ないんだとか皆に迷惑かけるとか思った・・・・・・でもね、もっと先に思ったことがあったの。」
「なに?」
テレビの電源を切って再び何気なく隣を見ると、彼女はゆっくりと天井を見上げた。
「人魚姫はこんなにも辛くて怖かったんだなって。」
「人魚・・・?」
ちょっと今のは分からなかったかな。
顔の変化で気がついたのだろう、みのりんは僅かに笑った。
「体と引き換えに王子様に会えるなら声を出せなくなることなんて最初は辛くなかったのに、一日過ごしていく度にその条件が彼女自身の毒になっていくの。」
――私はふと、あの時のみのりんの姿を思い出した。
「でもさ、それは人魚姫からの視点でしょ?」
王子様だってもしかしたら辛かったのかもしれない。
「だからだよ。人魚姫は誰よりも王子様と会うのを夢見て、見つめて過ごしてたんだから。だから、矛盾しているって気がついていながら・・・心で必死に歌った・・・王子様に聞こえないかもしれないのに・・・」
『なんて、ただの私の妄想だけどね』と笑っているみのりんを、私はどうしようもなく抱きしめたい・・・抱きしめなきゃいけない気がして。
「どうしたの?」
「いや・・・なんとなく。」
肩越しに、みのりんの声がいつになく響いた。
「みのりんの声は太陽みたいだね、なんか温かくてくすぐったい。」
「そう?」
「でも、何だか消えちゃいそうで・・・私もみのりんの声が聞けなくなったら怖い。あの時だってこのままみのりんの声が出なくなったらどうしようって思った。」
まるで、朝日を浴びて消えていく人魚姫のようで。
――でも、みのりんだけじゃないんだよ。
「きっと私も死んじゃいたいくらい・・・・・・怖いと思う。でも私は、その『怖い』をマイナスな感情だけじゃなくて、・・・相手にどうしようもなく恋してる証だと思いたいな。」
「まりなちゃん・・・ごめんね、でも・・・・・・本当にありがとう。」
何が?と聞く前に、みのりんは唇の前にそっと人差し指を持ってきた後に歌い始めた。
聴いたことのない歌・・・でも、何か伝わってくるのが分かる。
―――独りそこにいるけど、独りぼっちじゃない。
―――痛みの中にも必ず虹のような一筋の光がある。
だから痛みを歌うんじゃなくてキラキラした希望を歌い続けたい。
「・・・どう、かな?」
「うん、凄くいい。とっても・・・」
とってもみのりんらしいよ。
*****
「スランプっていうのかな?何回歌ってもダメで。」
翌朝、それとなく昨夜の曲が何だったのか聞いてみると、みのりんは苦笑しながら話してくれた。
昨日の曲はやはり新曲だったようで、今日収録らしい。
「まりなちゃんには迷惑かけたかもしれないけど、おかげで自分の本当に歌いたいイメージが分かった。」と言っているが、果たして私の昨日の言葉が役に立ったのかイマイチよくわからない。
――でも、ま・・・いいか。
今目の前でにこにこと笑うみのりんの顔が見れれば私はそれでいいと思った。
「あ、じゃあ今日収録現場近いし、見に行こっかなー。」
みんなに聴かせるのもったいないなー、なんて思いながら言うと、みのりんは僅かに朝食をとる手を休めて言った。
「ダメ。ただでさえまりなちゃん最近忙しいんだから。」
――・・・みのりんのけちー。
いつも「そんな子供っぽい顔されても」と言われてからかわれてしまうが、今回の自分には非はないと思う。
だって誰でも自分の大切な人を少しでも見ていたいと思うじゃない?
私の表情に気が付いたのか、みのりんは「うー・・・」と言いながら僅かに口をすぼませた。
「だって、いたら緊張するし・・・・・・好き・・・だから。」
「・・・・・・ぇ、」
「わあっ!?ちょっと!まりなちゃん、口からコーヒーがっ!」
「わ、ごめんごめん!」
慌てるみのりんに私もようやく気がついて慌てて口を閉める。
―――だって、今のは予想外の言葉でしょ。
「で、今のはどーいう・・・?」
「だから、昨日の曲は手の届かないところにいる大切な人の為に歌う曲でっ・・・まりなちゃんが近くにいたら・・・歌う気持ちが半減しちゃうじゃん・・・・・・」
段々と声が小さくなるみのりんがとても可愛くて。
ギュッと抱きしめて「真面目だなぁ~。」とからかうと、「う゛ー・・・」と益々可愛い反応をしてくれた。
そして、気が付いたらいつもみのりんの言う通りにしている自分は、甘いかなと思う反面、本当に幸せ者だなと思う。
リビングにはやかんの沸騰した音と、優しい恋の音色が響いた。
なんかサーセン!!意味不明でサーセン!!
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